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    夕飯は夕日を浴びながら「おそとごはん」

    • 2011.08.31 Wednesday
    • 09:59
     
     まだまだ日が長いとはいえ、ずいぶん日暮れが早くなった。

     8月30日で、日の入り18:13。
     8月31日で、18:11。
     昨日より2分も短くなってる!
     冬至12月22日、16:32のピークまでどんどん日が短くなっていく。

     さて今日の夕飯はどうしよう?
     何を食べる?
     どこで食べる?
     我が家の夕飯は時々、弁当と水筒とレジャーシートを持って、外をブラブラしながら気に入った場所で夕飯を食べる。

     昨日のお弁当メニューは、中華風蒸し鶏。
     場所は多摩川の河原。

     夕飯を作る手間はどうせ一緒だし、弁当だと洗い物が少なくて片付けもラクになる。
     ビール、おかし、冷蔵庫に入っている漬け物、枝豆など、家にあるものをとりあえずカバンに詰め、サッカーボールを持って子どもたちとGO!

     だんだん日が暮れてくる。
    「あ、電車!」
     小田急線が橋を渡るのを子どもたちはおにぎりを頬張りながら叫ぶ。

    「あ、雲がピンク色!」
     太陽が空を赤く染めて、子どもたちは夕日に向かってボールを蹴る。
     
    「あ、コウモリ!」
     コウモリは、日が沈んだ瞬間に飛び始める。

     コウモリを合図に、薄暮のなかをみんなで手をつなぎなら家路につく。
     河原で夕飯を食べているのは、見渡す限り我が家だけ。
     外で夕飯を食べると、こんなに気持ちいいのに!

     外で思いきり子どもと遊んで、家に帰ったらそのままお風呂。
     なぜか外で遊ぶとケンカもないし、
    「うるさーい!」
     とママがキレることもない。

     「おそとごはん」はほんの1時間程度だが、なぜかこれをやると1日が平和に終わっていく。やっぱり自然のなかで、大地の上で、夕日を浴びながら、風を感じながらご飯を食べるって、人を幸せにする。

     夏は、この日暮れまでの時間をどうやって子どもたちと過ごすかが、1つの楽しみになっている。
     会社員時代にはできなかった究極の贅沢である。


     





    いつかハワイに住むと信じている

    • 2011.08.30 Tuesday
    • 09:27
     
     昨日につづいて「信じる」という話。
     信じることは、準備することにも通じることに気づいた。

     私には「いつかハワイに住む」という夢がある。
     ハワイは以前仕事で行ったことがあるが、とにかく気持ちのいい場所。
     本当に気持ちのいい場所なのだ。
     いつかハワイに住んでみたい。
     
     ハワイに行ったらサーフィンしたい。
     やっぱりハワイ島に行って、登山をして星を見てみたい。
     夢が広がる。

     しかし、現実的に考えると、いろいろな問題がある。
     子どもの学校はどうする?
     お金はどうする?
     どこに住む?
     どうやって生計を立てる?
     英語をどうする?

     でも、「いつかハワイに住む」という夢があるお陰で、気がつくと準備を始めている自分がいる!

     たとえば英語。
     これは、四月から子どもたちと一緒に始めた。
     夢に一歩近づいている!

     たとえばサーフィン。
     これも行こうと思っているサーフショップにすでに問い合わせした。
     タイミングが合えばいつでもスクールに通える準備ができている。
     夢に一歩近づいている!

     そして、これまた面白いことに、サーフィンをしようと決めたら、それに備えて筋トレをやり始めた。
     英語の勉強を始めたら、いずれは語学研修で子どもたちと一緒に海外に行こうという新しい夢が増えた。
     ひとつの夢がどんどん膨らんで、やりたいことがどんどん増えていく!

     この感じ、大学生のころの自分みたい。
     あの頃は夢がいっぱいあった。
     こんな大人になりたい、あんな生活をしたいという夢がたくさんあって、それを叶えるために必要な勉強にいろいろ手を出したことを覚えている。
     仕事が終わってから編集の学校に行ったり、機織り教室に行ったり、ダイビングの免許を取ったり、いまだから言えるけどジャズボーカルのレッスンにも行ったり(笑)!

     それから、海外に住みたいとか、英語がペラペラになりたいとか、トトロのお父さんみたいに子どもを庭で遊ばせながら原稿を書きたいとか、焼きたての手作りパンがあたりまえのように食卓に並ぶ生活とか!
     ほんと、いろんな夢があった。
     
     叶った夢もある。
     まだ叶わない夢もある。
     でも、夢を持つことって、すばらしい。

     夢はなんと人生を豊かにしてくれるものか!
     持っているだけで、準備している自分。
     1歩ずつ山を登っている自分。
     すぐに山頂(完璧なもの)を求めてしまうと、なかなか準備ってできないんですよね、コワいし面倒くさいから。

     そのうちいつか山頂で御来光が見れそうな気がしている。
     やっぱり1歩足を進めるには、夢が必要なんだね。


     
     
     
     

    いつか必ず見えると信じている

    • 2011.08.29 Monday
    • 10:50
     
     いつも日曜日の夜に見るテレビ番組は「世界の果てまでイッテQ!」。
     昨日は、イモトと盲目の高校三年生の少女、立木早絵さんの「キリマンジャロ登頂スペシャル」だった。

     タンザニア北東部にあるアフリカ最高峰の山、キリマンジャロ。
     標高は5895メートルで、登頂率は50%だという。
     家族でドキドキしながら番組を見た。

     登頂までの道のり、途中で見た御来光、イモトが彼女をバッグアップする姿……、すべてが感動的だったが、何よりも二歳の時に肺炎のために目が見えなくなった立木さんのある言葉が印象的だった。

    「いつか必ず目が見えるようになると信じてる」

     それを聞いて、
     えっ? 
     見えるようになるはずなんてないだろうに。
     とビックリした。
     でも、そう言った彼女の表情は、見えるようになることを心から信じている顔だった。

     信じるって、どういうこと?

     初めはよく分からなかったが、彼女の思いがじわじわと胸に沁みてきて、息子が一歳の時を思い出してハッとした。
     見えるようになると信じる思いが、彼女を支えているんだと。

     私の長男は脳性マヒで、生まれた時から右手右足がうまく使えない。
     でも、その障がいに息子も親も絶望しないで生きていくには、
    「いつか上手に使える日が来る」
     と信じること。
    「希望」を持つことで、絶望感に襲われず、その場にヘナヘナと座り込むことなく、前に1歩進むパワーが湧いてくるのだ。

     真実ではないにしても、もしかしたら治るかもしれないですよ、と医者には言ってほしかった。
     一歳の息子を診断した医者は、
    「これは脳性マヒなので、一生治りません」
     と言い放った。
     あの時のショックは今でも忘れられない。

     早絵さんを見ていて、脳性マヒなんかに負けずに、息子にいろんなことに挑戦させたいと思った。
     早絵さん、そのことに気づかせてくれてありがとう。
     





     


     

    ワーク・ライフ・バランスは無意味!?

    • 2011.08.27 Saturday
    • 10:21
     
     秋の虫が鳴いている。
     リーンリーンリーン。
     涼しげで、寂しげで、切ない。
     どんな秋がやってくるのだろう?

     夏とはちがって、秋は発散というより蓄えの季節。
     森の動物たちもそろそろ蓄えの準備に入る。
     私もそろそろ蓄えの準備に入ろうか。
     さて、何を蓄える?

     実りの秋。「収穫物」を食べて厳しい冬に備えよう。
     読書の秋。「知識」を食べて、来るべき厳しい社会に備えよう。
     さてさて、これからどんな社会がやってくるんだろう?

     この前テレビでスーパーマーケットのコマーシャルをやっていた。
    「早くお帰りの方のために、お惣菜を四時からご用意しております!」
     という派手なCM。

     あれ? 早く帰る人がそんなに増えたんだ! 

     サマータイムや節電、失業、残業の禁止、勤務時間の変更など、いろんな理由があるのだろうが、早く家に帰れるのをあまり嬉しく思えない人も多いのではないだろうか。
     今までの働き方が変わって、戸惑っている人も多いだろう。
     家にいるより、職場にいた方がいい人も多いのかもしれない。
     ただ、新しい習慣に慣れていないだけなのかもしれない。

     でも、もしかしたら、以前のような働き方にはもう二度と戻らないかもしれない。
     だったら、どんな働き方に変わっていくんだろう?
     ワーク・ライフ・バランスという言葉を一時よく耳にしたが、これからは本物のワーク・ライフ・バランスが必要になるのではないだろうか。

     ワーク・ライフ・バランスとは、
     仕事や労働は賃金を得るための生活の糧であり、個人の暮らしを支える重要なもの。また、そこにやりがいや生きがいを見いだし、充実した生活を送るための糧でもある。

     近年は仕事のために私生活の多くを犠牲にする仕事中毒状態となり、うつ病に代表される精神疾患を患ったりする事例が増えた。
     こうしたことから仕事と生活のアンバランスが原因で引き起こされる多くの悲劇を抑えようと、「仕事と生活の調和」(ワーク・ライフ・バランス)が叫ばれるようになった(ウィキペディア参照)。

     しかし、98パーセントの労働者が、ワーク・ライフ・バランスのプログラムは無意味という皮肉な結果も報告されている。
     ワーク・ライフ・バランスが保たれていない兆候ベスト3は、

    1 大切な人との関係が悪化している。
    2 友人と過ごす時間が十分にない。
    3 いつもイライラする。
     など。

     とりあえず我が家の場合は大丈夫かも?

     2011年の秋は、美味しいものを家族みんなで食べながら、
     これからどんな働き方をしていくのか、個人の暮らし・生計をどんな形で成り立たせていくのかを考える秋にしたいと思っている。


    幸せになる方法

    • 2011.08.26 Friday
    • 11:12
     
     以前、夕飯のメニューを考えていた時、「幸せ」を見つけたことがある。

    「もう買い物に行かないと、今晩食べるものがない!」
     という時だった。
     冷蔵庫はほぼ空っぽ。 
     でも、よくよく家にある食材を探してみたら、乾物やジャガイモや半端な肉などがけっこうあったことに気づく。
     こんなに家には食材があったのか!
     
     食材を見つけたときにハッとした。
     これが幸せを見つけることなのかもしれない、と。
     探している行為は「幸せ探し」と同じだった。

     幸せは「もうすでにここにある」。

     自分にないものを手に入れようとしても、幸せにはなれない。
     幸せは、自分がすでに持っているものに「気づく」こと。
     すでにある幸せに、どうして今まで気づかなかったんだろう?
     あらためてメーテルリンクの『青い鳥』が読んでみたくなった。




     

     


     

    ホッとする金曜日

    • 2011.08.25 Thursday
    • 09:46
     
     一週間には、みなぞれぞれ独特の「リズム」があるのではないだろうか?

     私の場合は、金曜日になるとすごくホッとする。
     気がラクになる。
     緊張が解ける。

     翌日の土曜日には仕事があるので、まだまだ気が抜けない曜日ではあるが、なぜか金曜日になるとホッとする。

     この気が抜ける感じって、好きだ。
     心が休まる。
     開放的になる。
     肩の荷が下りる。

     月曜日に生協さんから届いた食料が、なんとか金曜日まで持ちこたえた喜びだったり、翌日は小学校が休みだから息子の宿題を見なくてもいいという気楽さだったり、いろいろな理由がきっとあるのだろうが、もしかしたら金星(女神・ヴィーナス)と何か関係があるのかもしれない。

     月曜日、新しい始まりで緊張していて、なんとなくプレッシャーを強く感じる日。

     火曜日は、月曜日の延長でまだまだその週に馴染んでいない自分がいる。

     水曜日になってやっとその週の空気に慣れ、スムーズにいろんなことが回り始める。
     月曜から3日しか経っていないのに、
     ここまでたどり着くのにずいぶん労力を要したように思う。
    「やっと半分まで来た!」という折り返し気分だ。
     終末の予定を考え始めるのもこの頃。
     Mちゃんママに「そろそろパーティ、どう?」とメールしたのも、そう言えば昨日の水曜日だ。きっと折り返しを迎えて、気持ちに余裕ができるのだろう。
     なぜか金曜日や週末に楽しみをつくると、週の後半が面白いくらいに物事が片付いていく。

     木曜日。その週にやり残していることを一気に片づける。
     
     金曜日は、普段やろうと思っていたことに手をつけ、夜はゆっくり夕飯を食べる。
     そして今週の金曜日はMちゃんちとのパーティだ!
     
     予定があるとプレッシャーになって気が重くなる場合もあるが、ワクワクする楽しい予定なら人を元気にする。

     今日の木曜日は、息子のサマースクール「副校長先生と虫取りに行こう!」に顔を出してみた。副校長先生のことは以前ブログでも紹介した。
     蝉は目が五つある。
     蝉はオスしか鳴かない。

     副校長先生の講義を聴いて、びっくり。
     えーー! そうなんだ! 驚きの連続である。

     さて、明日は金曜日。
     楽しみである。


     

    ブログの足跡

    • 2011.08.24 Wednesday
    • 09:48
     
     ブログを始めて4年と60日が経った。
     今までに書いた記事は511件。
     すごい。
     この511件に、私の、そして我が家の4年間の記録が詰まっている。
     遠い過去のこともあれば、未来のこともある。

     始めたきっかけは会社を辞めたこと。
     家で仕事をするようになったこと。
     チビを妊娠したこと。

     さまざまな条件が重なり、タイミングがぴたりと合ったのだ。
     おもしろい。

     今、これまでのブログをまとめて、電子書籍にするプランがある。
     過去のブログをあらためて読み返してみると、その時その時の自分の様子、家庭の状況が鮮やかによみがえってくる。
     色、音、味、景色。
     そして、匂いまでもよみがえってくる。
     その鮮やかさは、映像の記録を遥かにうわまわる美しさだ。

     これから私はどんなブログを書いていくのだろう?
     これから我が家にどんな出来事が起こるのだろう?
     とても楽しみだ。




     




    何事にもタイミングがある

    • 2011.08.23 Tuesday
    • 09:56
     
     何事も早ければいいというものではない。
     すべてにはタイミングがある。
     株を売るのもそう。
     家を買うのもそう。
     勉強を始めるのもそう。

     来月、算数クラスを開講するための研修に行くことにした。
     英語のクラスはすでに開いているが、算数も試験に受かれば開くことができる。

     私は算数はあまり好きではなく、他人に教えるなんてもってのほかと思っていたのだが、何事も勉強。
     チビがもうすぐ四歳。兄ちゃんが来年三年生。我が子のことにも関わってくるので、どんなふうに子供たちに算数を教えるのがいいのか、ちょっと勉強してみようと思った。

     ところで教育でよく言われる「九歳の壁」。
     九歳は小学三、四年生にあたり、子供の成長の「変わり目」だ。
     たとえば算数。
     それまでの単純計算から、分数や割り切れない割り算、文章問題などが登場してくる頃。国語も「愛とは?」といった抽象的概念を考える力も伸びていく時期だ。
     
     でも、どうやらこの9歳くらいで勉強につまずく子供が多いという。
     小さい時から塾通いなどで、あまり遊ばずに詰め込み式の勉強をやってきた子ほど、この時期に伸び悩むケースがあると言う。

     なぜ?

     なぜなんだろう?
     そこで参考になったのが千葉県にある幼稚園のホームページだ。
     
     抽象的に物事を捉えるには、「身体感覚・皮膚感覚」の体験があって、オモチャなどの具体的なモノを使った「遊び」を通じて考える力を養い、その体験をもとに「抽象概念」が育まれていく。
     あまり遊んでいない子は、抽象的概念の土台となる「身体感覚・皮膚感覚」や「遊び」「考える力」が養われていないのだという。

     何ごとも早ければいいというものではない。
     すべてにはタイミングがある。

     やはり小学二年までは、とことん遊ばせようと思う。
     塾なんてまだ行かせなくてもいいや。
     電脳系ゲームとかではなく、積み木やLEGO、オセロ、将棋など、考える力が養われる遊びをやらせようと思う。

     さてさて、算数の研修ではいったいどんな話が聞けるのか。ただただ生徒獲得のために早期教育を勧めるようであるなら、やめておいたほうが良さそうだ。


     

    子供の成長に負けられない

    • 2011.08.22 Monday
    • 10:02
     
     長男は、現在小学二年生。
     十月に八歳になる。
     そして今、大きな変化を迎えている。 

     昨日の夜、布団で恒例の絵本読み聞かせタイムを始めたら、弟(三歳)が「ぼく、この絵本がいい」と主張し、長男が「ぼくはこっち!」とケンカが始まった。
     どちらも引かない。

    「じゃあ、ジャンケンで決めよう」
     と提案し、長男が勝った。
     すると、自分の絵本を読んでほしいと弟が号泣し始めた。
     親はこんな時、どう対処したらいいのだろう?
     以前は、よしよしいい子だね、と親の優しさでなんとか弟をねじ伏せられたのだが、もうそのやり方は通用しなくなったのだ。

     弟のあまりの号泣ぶりに、それを黙らせようと私は、
    「じゃ、とりあえず、こっちから読むね」
     と弟の選んだ絵本を強引に読み始めた。
     すると、今度は長男がすねてしてしまった。
     当然である。
     口もきかず、モノに当たる。
     親はこんな時、どう対処したらいいのだろう?
     以前は、親の強引さでなんとか対処できていたのだが、もうそのやり方は通用しなくなったのだ。

     翌朝、息子たちが笑顔で「おはよう!」と元気に起きてきて、何事もなかったように二人でテレビを見始めた。
     テレビの前で肩を並べ、兄弟仲よくテレビを見る二人の可愛らしい後ろ姿を見て、なんだか感動してしまった。
     昨晩のあれだけの兄弟ゲンカに「親はこんな時、どう対処したらいいのだろう?」と思い悩んでいた自分がバカみたい(笑)。
     子供たちはもう先に進んでいる。

     そのテレビでやっていた番組を見て、さらに胸が締め付けられた。
     ご飯を作ったサボさんがコッシーとすいちゃんに、どう美味しい? どう美味しい? と何度も聞いているのに、二人はその言葉を無視して別の会話を始めた。
    「こんなに一生懸命に二人のためにご飯を作ったのに…」
     とこぼすサボさんに二人は、
    「だって、サボさんがご飯を作るのはあたりまえでしょ」
     と言った。
     ショックを受けたサボさんは、あまりのショックにサボテンになってしまった。

     なんだかせつなくなった。
     サボさんに今の自分が重なったからではなく、コッシーとすいちゃんに子供時代の自分が重なったからだ。
     よく母親が、どう美味しい? どう美味しい? と聞いてきたっけ。
     上の空で適当に答えていた自分。
     反省……。
     母親がご飯を作るなんてあたりまえのことだと思っていた自分。
     反省……。

    「どう美味しい?」
     と聞くのは、味を確認するためでも、感謝されたいためでもない。
    「美味しい」は「ありがとう」なのだ。
     味の善し悪しではない。
     今なら、母親の気持ちがすごくよくわかる。

     こうやって親は子供に成長させられる。
     感謝が足りなかった以前の自分。
     今子育てを通じて、少しずついろんな有り難みを学んでいる。

     弟はもうすぐ四歳。兄ちゃんはもうすぐ八歳。
     それぞれに変化を迎えている。
     これからは弟に、ちゃんとルールを教えていかねばなるまい。ただ、いい子いい子しているだけではダメだ。
     これからは長男に、ちゃんと自分の気持ちを言葉で主張できるように教えていかねばなるまい。子供扱いせず、ちゃんと息子の気持ちを尊重して付き合っていかねばならない。そうじゃないと、息子だって親の気持ちを尊重することなんてできないだろう。
     
     息子が変化しているなら、親も変化しなければならない。
     この変化に親が対応するのは、じつは思っている以上に難しい。
     変化のスピードが速いし、進んでいると思ったら戻っていたりして、場所を見定める力も要求される。
     でも、子供たちの成長になんて負けられない。
     親も成長しなきゃ、ね。
     

    生き方が体にでる40代

    • 2011.08.19 Friday
    • 16:38
     
     昨日は小3の息子と新宿デート。
     ふたりで整体に行った後、映画鑑賞をし、ランチへ。

     息子が弟抜きでママを独り占めできるデートに、
    「ふたり旅だね♪」
     と電車を降りて、嬉しそうに足を弾ませた。

     まず10時に、背骨コンディショニングで一緒に整体を受ける。
     息子が二歳の時から通っている整体で、触れただけで背骨のズレがミリ単位でわかる凄腕の先生が施術してくれる。
     しかも、頸椎何番がズレていればどのような症状に悩まされるか、胸椎何番がズレていればどういう症状が現われるなど、懇切丁寧でわかりやすい説明をしてくれる。
     
     CTスキャン、MRI等すべての検査で「異常なし」の診断を受けた息子は、依然右手右足がうまく使えず、触診を一切しない医者に対する不信感と怒りを抱えていた時、ある人に勧められて通い始めた整体だ。
     この関節がズレています。
     仙骨と腸骨の位置関係が逆になっているため、猫背になっているんです。
     など、息子の骨の異常を明確に指摘してくれた時には、それを治せば改善するのかもしれないという大きな希望の光が見えた。

     まるでよく当たる占い師のように、
    「なにか無理な力が首に加わっていますね」
     と息子が先生に指摘されれば、
    「あっ! そう言えば、小クラで友だちとプロレスでふざけて首が回らないと息子が訴えていたっけ」と思い出す。
    「今年の花粉症はひどかったのでは?」
     と私が指摘されれば、「なんでそんなことまでわかるの!?」と驚く。

     頭からつま先まで、全身の骨を矯正してもらうと、背筋が伸びて景色が違って見える。
     いかに今までゆがんでいたのかがわかる。

     友人に頼まれたチューブ体操用のチューブの相談を先生の体操アシスタントの女性にしたら、なんとその女性(背骨コンディショニングのHPトップのレクチャーDVDに出ている女性)は、42歳でサーフィン・デビューしたという。

     42歳でデビューしたという昔話をしてくれたのだが、いったいこの女性は今何歳なんだ!?
     体型はまるで20代。
     贅肉はなく、背筋がスッと伸びて、お尻はキュッと締まって上を向く。
     鍛えていれば、こんなふうな体型になれる。
     俄然、希望の光が見えてきた!

     やはり鍛えないと、体はタブつく。
     美しくいたい。
     結婚してダンナをゲットし、息子ふたりに恵まれすべてを手にした(?)私は、誰のためでもなく自分のために美しくありたいと思う。
     まさにこれぞ40代の特権。

    「美しい」は、40代になれば、努力しなければ手に入れるのは難しい。
     キレイは無理かもしれないが、自分の努力次第で健康と若々しい体を手に入れられる。
     女の40代。
     生き方がそのまま体に出る40代こそ、美しくありたい。

     


     

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