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    気づかいのつかい方

    • 2011.03.30 Wednesday
    • 11:09
     
    1人目を妊娠中のころ、
    長年実家で飼っていた柴犬のジャッキーが死んだ。
    17歳。

    死ぬ間際、繋いでいたリードから抜けだし、
    行方不明になり、両親が必死で探しているところに、
    警察署で預かっているという連絡をもらい、
    両親が迎えに行った。
    すると、ちょうど息を引き取ったところだったという。

    私が就職したころに両親が飼い始めた犬で、
    ジャッキーと一緒に過ごした時間は少ない。
    とても人なつっこい犬で、
    初めて家にやってきた時のことは鮮明に覚えている。

    しかし、
    母は、私が妊娠中なので、
    ショックを与えると良くないと考え、
    死んだことをずっと内緒にしていた。

    これも母なりの気づかいだったのだろう。
    でも、
    「どうしてすぐに教えてくれなかったの?!」
    という寂しさがあった。

    両親にとって、17年という長い月日を共に過ごした飼い犬の死は、
    大きな大きなショックだったろう。
    その悲しみを私も一緒に分かち合いたかった……。

    気づかい。

    気づかいを相手に伝えるのは、すごく難しい。

    気づかいは時に「おせっかい」になったり、
    気づかいが「寂しさ」になったり、
    気づかいが「怒り」になったり、
    気づかいが「癒し」になったり。

    母は、体調を崩して寝込んでいる時も、つらい時も、
    ぜったいに電話をよこさない。
    私に心配させたくないから。

    それは強さでもある。
    聞いたところで、もちろんどうにもならない。

    でも、どうにもならないことも、
    言葉にすることも必要なのではないだろうか。

    言葉で言う=「話す」は、
    「離す」こと。
    自分から少し手放すことができる。

    私にも「どうせ言ってもしょうがない」という部分がある。
    相手を煩わせたくない、
    愚痴を言いたくない、
    という思いもある。

    でも、いま瞬間のこの悲しみやつらさ、そして喜びを、
    なるべく言葉にしてみようと思っている。

    余計な気づかいは要らないが、
    気持ちを共有することは、やっぱり必要なのではないだろうか。




    やさしさって、なんだろう?

    • 2011.03.28 Monday
    • 15:19
     
    狛江第3小学校1年生の子どもたちと一緒に
    喜多見の駅前での募金呼びかけを行ないました。

    子どもたちの
    「ご協力おねがいいたしまーす」
    という元気な声が駅前に響き渡り、
    道行く人々が
    「がんばれよ」
    と明るい笑顔で募金してくださいました。

    お金だけではなく、
    募金してくださった方々のあの笑顔と優しい心づかいも
    ちゃんと被災地の方々の心にへ届くといいなと思いました。

    うちの3歳のチビすけも、
    自分の体と同じくらいの大きさの募金箱を抱えて、
    頭をペコリと下げ、道行く人々に満面の笑みを投げかけていました。

    子どもたちの大きな声と笑顔は
    不思議とみんなの心をやさしくする。
    緊張した心がほぐれていく。
    素直になれる。

    あらためて、子どもってすごい、
    と感じました。

    やさしさって、なんだろう?

    やさしさは、
    相手の痛みを同じように感じながらも
    その痛みに動じない強さが必要である。
    ただ一緒に痛がっているだけでは
    相手にやさしさは伝えられない。

    やさしさって、なんだろう?

    やさしさは、
    太陽のような明るさだけでは、眩しすぎるときだってある。
    木陰くらいがちょうどいいときだってある。

    月のように、
    相手が発する光をそっと映しだす鏡のような静けさがほしいときもある。

    やさしさって、なんだろう?

    先日、ダンナに
    「願わくは、やさしく叱って」
    と言われた。

    わたしは厳しすぎるのだろうか?

    やさしさって、なんだろう?







    気持ちの浸透圧

    • 2011.03.24 Thursday
    • 14:56

    梅干しを漬ける時には、保存熟成のために塩を使う。

    最近は減塩傾向で、塩分少なめのものが多く売られているが、
    ある梅干し屋さんの話によると、
    ある程度の濃度でまずはしっかりと梅を漬け、
    そのあと薄い濃度の塩分で塩抜きするらしい。

    「真水」で塩抜きするのではなく、
    ある程度、塩分の入った薄い濃度の塩水で塩抜きするというのだ。

    つまり、
    「塩」という成分を移動させるには、
    相手にもやはり、「塩」がなければ動かない。

    なんだか、この事実は
    今回の震災において動いているみんなの「温かい心」みたい、と感じた。

    いま、被災地に向けて、
    数多くのメッセージ、義援金、救援物資が送り届けられている。
    それまで、寄付や援助といったことにまったく無縁だった人々の心のなかにも
    「温かい心」という成分がたくさん潜んでいたのだ。
    それがどんどん被災地の人々の心に流れ込んでいる。
    どんどん、どんどん
    流れ込んでいる。

    日本を活性化する物流という血管を流れるものは、
    ガソリン、もの、人、そして心。
    いま、みんなの「温かい心」が
    日本中の血管をめぐっている。




    山ごもり9日目

    • 2011.03.22 Tuesday
    • 10:43

    地震のあとに買い出しをし、
    ●買い物の回数を減らす
    ●調理回数を減らす
    ●ムダな動きはしない
    というのを徹底して、今日で9日目。
    そろそろ食料の在庫がない。

    いま、家になにが「有る」か?
    買い物に出る前に、まず在庫チェック。

    キャベツ1/4玉、
    ネギ1本、
    玉ねぎ4個、
    じゃがいも4個、
    ニンジン1本、
    鶏もも肉2枚、
    ベーコン2枚……
    なんだ、それなりに「有る」ではないか。

    しかし、どうしてなにも「ない」ように感じてしまうのだろう?
    あるのに、ない。
    いるのに、いない。
    錯覚のせい?
    不安のせい?
    まやかし?
    いやいや、ある。
    だまされてはいけない。

    なんだかこれって、幸せと一緒かも!?
    目が見えること、手足が動くこと、食事できることがどれだけ幸せなことであるかを
    あたりまえすぎて、忘れてしまう。
    そして、自分にないものを探しては、嘆く。

    「有る」ものを生かすことが先決だ。
    家にあるもので、どこまでできるか。
    サバイバルである。

    この前、歯医者で会った女性が、こぼしていた。
    「シチューを作るにも牛乳がないし、
    大学芋を作ろうと思ったのに、芋がない!」

    いま、「ない」ことを嘆いてはだめだ。
    「有る」ものを生かすことが先決。

    献立を立ててからメニューを考えるのではなく、
    「有る」もので、メニューを考える。
    これは熟練主婦の基本中の基本。

    トイレットペーパーも残すところ2ロール。
    なくなったら、インド方式、手で洗えばいい。
    家にあるもので、どこまでできるか。
    サバイバルである。

    この変化に適応すること。
    それが人類の進化につながるのかもしれない。


    まるで子育て卒業!?

    • 2011.03.18 Friday
    • 17:05
    フレンチのバイトは、
    地震のために営業時間を変更し、いまは来なくていいという。
    原稿書きの仕事もすべて締め切りが終わり、なにもない。
    英語レッスンも地震のため、すべて延期。

    となると、私のすることがなにもない。
    まるで、子育てを卒業した主婦の気分。

    家にひとりでいると寂しくなって、買い物でも出ようかという気になる。
    こういう状況って、じつに寂しい。
    だから、ついチビの保育園を休ませ、「自宅保育」と称し一緒に過ごしている。

    子どもの笑い声はいい。
    うるさいけど、頭に来るけど、イライラするけど、
    子どもの笑い声はやっぱりいいものだ。

    一人で家の取り残される主婦の気持ちがすごくよくわかる。
    子どものありがたさ。
    水のありがたさ。
    電気、食料のありがたさ。

    「有る」ことの有り難さをこのまま忘れることなく生きていきたいと思う。


    狛江市「安心安全情報メール」登録

    • 2011.03.17 Thursday
    • 16:28


    いま狛江の様子を見に行ってきた。

    スーパーは牛乳は完売。
    いつもに比べると品薄だが、みんなパニックに陥ることなく
    整然とレジに並び、必要最低限のものを買い出ししている。

    レジの隣りにまだ数ヶ月の赤ちゃんを抱っこしているママに、
    「オムツは買えましたか?」
    と訊ねると、
    じつに冷静に、
    「いまはまったく手に入りませんでした。
    でも、お店の方が必ずそのうち入荷するから、と言ってました。
    いまは布オムツで対応しています」
    と答えた。
    「停電はどうなんでしょうね?」
    と、なかなか入ってこない情報を交換しようと思って訊ねた。

    狛江市の安心安全情報メールに登録するといいですよ」
    と教えてくれた。

    さっそく登録しました。
    小田急線の運行情報もメールで情報がもらえます。

    母というのは、本当に強い。
    なんだか赤ちゃんを連れたそのママに、
    情報以上の強い安心感をもらった気がする。





    もうすぐ卒業♪

    • 2011.03.10 Thursday
    • 22:47
    この3月で卒業します。

    え? なにから?

    フレンチ修行からです!

    フレンチを究めたわけではまったくありませんが、
    わたしのなかでは卒業です。

    さて、
    ここで私はいったい何を学んだでしょうか?

    それは、料理とは別のこと。
    料理という枠を越えて、もっともっとすごいこと!

    まったくの素人・新人というのが、どういう存在であるか。
    人からなにかを学ぶ・教わるというのが、どういうことか。

    この2つを経験したお陰で、
    私はこの先いままで以上にもっともっと強く生きていける!
    そんなふうに思えるくらいに、
    このフレンチ修行は大きな経験となりました。

    詳しくはまた別の機会でじっくり書きたいと思います。
    いずれにせよ、
    祝・グラジュエーション!

    がんばった私になにかご褒美したい気分♪
    そのまえに、
    ここまで応援してくれた家族にご褒美でしょ!

    そうそう、「ホメ道」だが、
    その後、毎日、昼過ぎにダンナからメールが来るようになった。
    ひとつご紹介しよう。
    これは、クリームチーズ&ツナ&ゆで卵&マヨネーズのサンドイッチを作った日のこと。

    「サンドイッチ美味しかった。
    シンプルだからこその本物のよさ。
    忙しい朝に作ってくれて、ありがとう!」

    こういうメールって、本当に嬉しくなっちゃいますね。
    「美味しい」と言われたとことより、実は
    「忙しい朝に作ってくれて」
    と言われた部分のほうが嬉しかったりする。
    妻のこういう点を褒めるところが、
    「ホメ道」としてはかなりポイントが高い。


    ※ホメ道・補足
    去年11月、斉藤一人著『ほめ道』(PHP研究所)が発売されており、
    ダンナは「やられた!」
    とガックリ。でも、自らの「ホメ道」(ほめみち)の研鑽は続けていくようです。
    そこで、
    「そうだパパ! パパは日本のカーネギーになれば!」と盛りあがりました。


    味噌仕込みとカーネギー

    • 2011.03.07 Monday
    • 11:37


    2月と3月と味噌を仕込みました。
    合計13キロほど大量に。

    今年で2年目。
    夏くらいには美味しくできあがっている予定だ。

    家で造った味噌は、手前味噌ながら本当に美味しく、
    ダンナのお義母さんに
    「今年も造ったから送りま〜す」
    と言ったら、本気で大喜びされた。
    嬉しい。

    仕込んで約1ヵ月ほど経った重石がとれる頃に送り、
    「どう、味噌?」
    とおたがいに電話で熟成具合を確認し合うのが恒例だ。

    なぜか味噌のお陰で嫁と姑のコミュニケーションも良好!
    姑とのつき合いのミソは、味噌ですね。

    最近テーマの「人づきあい」であるが、
    私が敬愛するD・カーネギー先生の本『人を動かす』によると、
    人を動かす三原則は、

    1)盗人にも五分の理を認める
    2)重要感を持たせる
    3)人の立場に身を置く

    とのこと。
    母姉妹のケンカを見ていると、
    1)と3)がみごとに欠けている。

    なにより人間というのは(自分も含め)、
    本当にバカでマヌケなことばかりやってしまうアホな生き物だと思いませんか?
    自分の過去を振り返るとそう思う。
    最近では、そんな人間という生き物がなんだか愛おしくなってきた!
    他人の失敗を貶めるのではなく、
    もっと他人の良さに目が行く人間でありたいなと思う。

    2)に関して言えば、第2章の「人に好かれる6原則」で詳しく述べられている。

    その6原則とは、
    1)誠実な関心を寄せる
    2)笑顔を忘れない
    3)名前を覚える
    4)聞き手にまわる
    5)関心のありかを見抜く
    6)心からほめる

    ほめ方のコツは、
    「相手の自己評価にぴったり合うことを言う」
    だそうだ。
    大変、勉強になる本である。

    味噌もそう。
    私はすごく美味しいと思っている。
    そして、
    他人から「美味しい味噌だね」とほめられると、
    まさに、自分の自己評価にぴたりと合致する。

    この合致感。
    すごく良い気分になる。

    うちのダンナが今、ある新しいテーマを研究中だ。
    それは「ホメ道」。
    読み方は、「ほめみち」らしい。
    その研究を始めるにあたって、
    まずは自分の妻をトコトンほめて良い気分にさせてほしいものである。





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      フリーより会社員!?

      • 2011.03.04 Friday
      • 10:01


      いちどフリーになった 知人が、
      2人目の出産を機に、契約社員として復帰することにしたという。

      「いつ寝るか、寝ているうちに仕事を……、
      なんてハラハラ考えながら家で仕事するのが面倒になったから」

      なるほど。
      すごくよくわかる!
      フリーで働くって、本当にご苦労が多い。

      自分で営業し、次の仕事に繋がるように人づきあいをしながら、
      きっちり締め切りまでに納品する。
      もちろん会社員だって、やっていることは同じだが、
      いま思えば、あーだこーだと会社に愚痴を言いながら、
      同僚と楽しくおしゃべりしながら仕事していた頃が懐かしい。

      今日、ちょうど雑誌で仕事した約8万円ほどの請求書をポストに入れてきた。
      この8万。
      この8万円の価値がどれほど重いか!
      会社員のときは、給料は「もらって当然」と考えていた。
      当然ではあるが、当然でもない。

      いただいた大切なギャラから、年金を払うが、
      うちのダンナの母親が年金でムダ遣いしているのを見ていると、
      悲しくなる。
      「おおー、アタシが苦労して稼いだお金が……」

      お金を毎月稼ぐ本当の大変さは、
      子どものとき、ましてや会社員のときですらちゃんとわかっていなかったが、
      いまこうして父が健康で働いてくれたお陰で自分が成長できたことに、
      本当に頭が下がる思いである。
      とうちゃん、ありがとう。

      いまダンナが、その「とうちゃん」とやらになり、
      「とうちゃん」を支える妻の役割の大切さも身に沁みて感じている。
      とうちゃん、ありがとう。

      そして、つい「会社員になったほうが楽だろうな」
      と考えている自分もいるのだが、
      フリーでどこまでやっていけるかを試してみようと思っている。






      人づきあいの極意を勉強中

      • 2011.03.03 Thursday
      • 11:56

      最近、人づきあいについて、深く考えている。

      きっかけは、母の姉妹ゲンカ。
      私にとっては叔母で、子どものころからマメに行き来して、
      とても親しくしていた間柄。
      なのになぜ?

      叔母はもう86歳。
      母が73歳。
      いい年して、笑っちゃうような話だが、
      年をとるほどに、おたがいに頑固で我がままになっていったのだろうか?
      年をとると、そんなふうになっちゃうの??と、
      この「姉妹ゲンカ」が私に、何か大きなことを教えてくれているように思った。

      人づきあいは、腹7分とよく言われ、自分なりに守ってきたつもりだが、
      仲よくなるとどうしても、もっと、もっと、と距離を縮めたくなる。
      たぶん、母姉妹も初めはそれなりのルールがあったのだろう。
      でも、そのうち、
      「これくらい大丈夫」とか、
      「これくらやっても許してくれるだろう」とか、
      だんだん相手に甘え始める。

      やられた相手も、初めはまあしょうがない人助けと思って、
      なんてやってあげているうちに、おたがいどんどんエスカレートしていって、
      「あれだけのことをやってあげたのにぃー!!」
      と最後はぶちキレる。

      人づきあいは、好きな人とだけ、リスペクトできる人とだけ、信頼できる人とだけつき合えればいればいいや、
      なんて思ったこともあった。
      でも、最近、どうやらそれだけでもないような気がしてきた。

      1)生き方や仕事ぶりに、別にリスペクというほどのことはないけど、とくに嫌いではない相手。
      2)つき合うといろんな情報をくれる相手。

      これくらいの「ゆる〜〜い」感じの人づきあいって、じつはものすごく大切なんじゃないのかな?なんて。
      そのくらいゆる〜〜い相手が、重要な媒介者となって、面白い「おしらせ」をくれたりする。

      私の両親は、父も母も生真面目で、真正直で働き者。
      どうやらそれだけでは人生うまくいかないらしい。
      じつはその事実がすごく私にとって衝撃的で、
      もちろん嘘つきなったりする必要はないのだが、
      生真面目で、真正直で働き者というだけでは、なんだか幸せにはなれないのかもしれないい、と母の愚痴を聞いて感慨深くなったという次第です。

      いずれにせよ、母の「姉妹ゲンカ」はいろんな学びとなりました。







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