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    なにもしない休日、その後

    • 2008.09.24 Wednesday
    • 09:48
    昨日は秋分の日。
    昼と夜が同じ長さ。
    これからは日暮れもぐんと早くなり、
    保育園からの帰り道見る真っ赤な夕焼けともさようなら。
    真っ暗な中、息子と自転車をこぐのはちょっと寂しい気分になる。

    秋分の日、とても気持ちいい夕暮れだった。
    真っ赤な太陽。
    「あー、今日一日、ありがとう」
    と、じみじみ感謝したくなる。

    先週の土日はのんびりと休んだので、
    昨日の祭日、はりきって夕飯を作ってみた。

    ●初めて作るフォカッチャ

    080923_フォカッチャ.jpg

    材料は、強力粉、塩、オリーブオイル、ドライイースト、水のみ。
    これらを混ぜてこねて、発酵させて、焼く。
    砂糖もスキムミルクもバターもなにも入らない本当に素朴でシンプルな味。
    これがびっくりすほど、美味い!

    まさか最初からこんなに上手にできると思っていなかったので、
    感動した。
    ご飯を作って自分で感動。そして家族でそれをぜんぶ共有。
    なんて幸せなんだろう……。
    真っ赤な夕焼けと同じくらいしみじみとした幸福感に包まれた。

    水は分量どおりにやったのに、なぜか生地がとろ〜りとしてまとまらない。
    粉を足して、手がネバネバになって、一度はかなり落ちこんだが、
    気をとりなおして、あきらめずにがんばってよかった。

    「チャカッチャ♪」
    と息子は大喜び。
    「チャカッチャじゃなくて、フォカッチャだよ♪」
    なんて、パパも上機嫌。
    家族そろって美味しいママの手づくりを食べるって本当に幸せ。

    食べるのが大好きでタイ料理だフレンチだと食べ歩いていた私が、
    いま子育てて、ほとんど出歩けない。
    これは本当にストレスになる。
    出かけられない、美味しいものが食べられない……。
    これは子育てママにとって、大きな大きなストレスだ。
    そんなある日、気がついた。
    「そっか! 自分で作りゃあいいんだ!」
    ということで、いませっせといろんな料理に挑戦している。
    ケガの功名??!
    いくつになっても、人生はチャレンジすることがあるから面白い。

    なにもしない休日

    • 2008.09.22 Monday
    • 09:59
    毎朝、5時には起きている。
    起きたらすぐにやることは、
    お風呂の水を洗濯機に入れて、お洗濯。
    ガーガー回しながら、
    美味しいコーヒーを入れる。

    軽井沢の丸山コーヒーのヴィラデスト・セレクト。
    これは本当に美味しい。
    ミルクと砂糖をたっぷり。
    これで脳に栄養が回る。

    それからブログを書いて、
    さて、仕事にとりかかる。
    なぜかいつも締め切りに追われている。
    終わりのない原稿書き。
    まるでシジフォスの岩。
    大きな岩を山の上に持ち上げると、転がり落ちて、
    また上まで持ち上げる。
    そしてまた転がり落ちてくる……。
    永遠に終わりのない徒労、
    といわれるこのシジフォスの神話。

    台所に立っていると、よくこの神話を思い出す。
    ご飯を作ったと思ったら片付け。
    するとまたすぐにご飯の支度。
    ここで「虚無」を感じるひともいるだろう。
    これを喜びにしたい、と思っている。
    作業そのものに喜びがあるから。
    台所作業、洗濯、仕事。
    すべてのことは死ぬまでの繰り返し。
    自分でこの作業ができなくなったら、もう死ぬだけだ。
    自分の手でやれるというのは、なんと幸せなことだろう!

    この週末は、仕事がひと段落つき、
    7時までのんびり眠った。
    早起きしなくてもいい朝!
    でも、
    不思議とものたりない気分。
    あー、人間とはなんとわがままな生き物なのだろうか!
    ついつい友人を家によび、
    楽しいランチタイムを過ごしました。
    おみやげにあげたぶどうパンが大好評でした♪
    あー、なんという幸せ。

    助け合い=ご迷惑?

    • 2008.09.19 Friday
    • 11:02
    昨日の夜、打ち合わせが入った。
    ヴィラデストの玉さん。
    先日お伺いして、本を作りましょうと盛りあがったのだ。

    夜の打ち合わせ。
    さて、息子どもをどうしようか。
    6時に東京駅。

    お迎えはいつもの同じマンションのママちゃんにお願いしよう。
    パパが帰ってくるまで、お家で遊ばせてもらう。
    そしたら、お迎え、お宅でのお預かりだけじゃなく、
    なんと一緒に外食に連れて行ってもらった!
    うぅぅ、申し訳ない……。
    ほんと、助かります。
    ありがとう。

    なんとかお返ししたい。
    ときどき、実家から送られてきたぶどうをあげたり、
    ドーナツの差し入れなんかをするけど、
    モノを上げても、それって「お返し」にならないんだよな、ほんと。
    逆に恐縮されて、負担になってしまう。

    すると、今日の朝、
    「仕事場へ8時20分まで行かなきゃいけないのー。
    一緒に保育園に連れて行ってもらえる?」
    という電話が入った。
    「よっしゃ!」
    これでお返しができる。

    でも、じつはこれも彼女の気遣い。
    ほんとに懐のふかーい心配り。
    お世話をしたら、お世話になる。
    お世話になったら、お世話する。
    この絶妙なバランスを、とても心得てくれて、
    わたしの気持ちの負担をなくすべくバランスをちゃんととってくれるのだ。

    ママどおしのおつきあいは、
    もちつもたれつ。
    ただ甘えるのではなく、ちゃんとした距離をとりながら助け合う。
    悪いな、と思わせない配慮も必要なのだ。
    さすが5人を育てているベテラン。
    見習うことは、山ほどある。

    自分は最低の人間である

    • 2008.09.18 Thursday
    • 10:31
    先日たまたまテレビをつけたら、
    赤塚不二夫の追悼で生前のインタビューの再放送をやっていた。
    いつも酔っぱらっているような普通のおっさん。
    でも、彼がドキッとする言葉を言っていた。
    ほんと、ドキッとした。

    「おれはなんにも知らない、最低の人間だと思っているんだよ、いつも。
    だから、ひとの話がへーなるほどすごい、って思えるんだよね」
    と。
    すごい。
    本当にすごい。
    ひとはすこし大人になると、まわりがバカにみえてくる。
    なんでこんなこともわからない!と腹が立つ。
    なぜそんなこともできなのか!とイライラする。

    でも、アンタそんなに偉いの?
    と自分をふりかえる。
    すると恥ずかしくなる。
    本当に恥ずかしくなる。
    ちょっとだけひとより知っているつもり、できているつもりの
    ほんのちっぽけなことにしがみついて、
    まるでお山の大将。

    子供と向き合うときも、そう。
    できないことを叱る。
    この前、ベランダにあるペットボトルに入れた水を長男が飲んでいた。
    お風呂の残り湯を植物の水用に入れていたやつ。
    しかも、ペットボトルには緑色のこけがびっしり!
    キャー! なにやってるんの、バカ!
    こどもは本当にとんでないことをしてくれる。

    「自分は最低の人間である」
    と思っていれば、きっとどんなことにも腹が立たない。
    いつもカリカリ怒っている人には、
    「自分が最低の人間である」なんて言葉、
    きっと腹が立つんだろうな。

    あと腹が立たないコツは、相手の立場をくみ取れること。
    先日、混んだ細い道で、どっかり駐車している若い女性がいた。
    まわりはとんだ迷惑である。
    カリカリくる。
    でも、それがたまたま病院の前。
    「もしかして、足の悪いおばあちゃんでも待っているのかな?」
    とパパが言った。
    おっ! すごい。
    パパちゃん、わかってるね! ちゃんとひとの立場がわかるひとだね。

    他人にはいろんな事情があるものだ。
    自分にも事情がつきもの。
    電車のなかで、もう大きくなったチビをおんぶして、
    席をゆずりたくてもゆずれないときとか、
    出かけるときに、息子がウンコして待ち合わせに遅刻するとか。
    若いときは他人の事情はまるで心配りする余裕なんてなかった。
    いやいや、まさにそれこそ最低の人間である。

    事情。
    子供にも事情はある。
    大人にも事情はある。
    頭ごなしに叱ったあと、子供の事情を知って、あっ、ごめん、
    なんてことしょっちゅう……。
    でも、その事情って、説明するとどうしても言い訳になってしまうんだな、これが。
    言い訳は好きじゃないから言いたくないけど、
    そのかわりに他人の事情を想像する余裕だけはもっておきたい。

    虫をとりに行こう

    • 2008.09.17 Wednesday
    • 06:59
    連休、新潟のおじいちゃんおばあちゃんがやってきた。
    一緒にご飯を食べ、散歩に出かけ、お風呂に入り、お昼寝した。
    ほんの3日間。
    子供にとっては、大人の1カ月くらいに相当するのではないだろうか。
    昨日、保育園に行くときに、
    「久しぶりだね、保育園」
    と、ずいぶん長い夏休みを過ごしたような言い方をした。

    おじいちゃんから無事に着いたよ、
    という電話があった。
    そして、
    「ごめんね」
    と言う。

    「え? なにが?」
    と聞くと、
    「帰り際、虫をとりに行こうと言われたのに、バイバイしちゃったから。
    泣かせちゃったね」
    と。
    あぁ、そういえばおじいちゃんにまとわりついて、虫とりに行こうってダダこねて、
    パパに「もう帰るんだから!」と叱られて泣いてたな。

    そうか。
    もっと一緒にいたかったんだね。
    バイバイしたくなかったんだね。
    虫とりに行こうは、もっと一緒にいたい、ということだったのか。
    叱って悪いことしちゃったな。ごめん。
    子供の気持ち、言葉の裏にある真実って、難しい。
    まっ、子供だけじゃないけど、難しいのは。

    「もっとおじいちゃんと一緒にいたかった? だから虫とりに行こうって言ったんだ」
    と、保育園から帰ってオヤツをぱくぱく食べる息子に聞いたら、
    「ううん」
    と首をヨコに振った。
    へ? 違うの!?
    「虫とりに行きたかったから」
    もう、オヤツに夢中で話もロクに聞いていない。
    子供ゴコロは本当にわからない。

    やる気を失う言葉は言いたくない

    • 2008.09.11 Thursday
    • 04:37
    言葉って、すごく大切なんだな、と思った。
    最近頼まれた仕事で、
    編集者のやる気がまったく感じられない。
    「さっさとてきとーに早く終わらせよう」
    という気分がひしひしと伝わってくる。

    「さっさとてきとーに早く終わらせよう」
    と言っているわけでは決してない。
    でも、それが言葉のはしばしから伝わってくる。
    恐ろしい。
    人間、考えていることって、こんなにも他人に伝わるものなんだ……。
    恐ろしい。

    この例を見て、自分も気をつけなきゃなと思った。
    やりたくない。
    めんどう。
    と思えることは、きっと自分には向いていないんだろう。
    だから、「なぁーんかこう、気が重い」
    という気分の仕事は、本当はやるべきではないのだ。

    でも、そこが仕事。
    「やりたくないなぁ」
    「あーー、めんどう」
    「なんでこう気が滅入るんだろう」
    などなど、どんなに気分が重かろうが、仕事って、やらなきゃいけない。
    フリーで仕事をしていると、
    これを断ると仕事がなくなるかも?なんて不安があるし、
    会社員だと、我慢してやっつけてしまわなければならない。

    お金を稼ぐって、本当に大変だよな。
    でも、考えてみたら世の中、
    「やりたくないなぁ」
    「あーー、めんどう」
    「なんでこう気が滅入るんだろう」
    という仕事がほとんどだと思う。
    まだ暗い中、新聞配達の兄ちゃんがせっせと新聞を配達している。
    かなり面倒くさい仕事だと思う。

    じゃ、どうすればいい?
    そこで大切なのが、ひとをやる気にさせる「言葉」なんだと思う。
    今回の仕事でやる気をなくした編集者からは、
    これをするのは、別にあなたじゃなくてもいいけど、
    時間もないし、自分でやってもお金にならないし、
    とりあえず、お願いします的な発注の仕方。
    やっぱり、「あなただからお願いしたい」の部分がいちばん大切でしょ?

    「あなただから」というのは、つまり、
    そのひとの良さ、特技、長所、志向等々、日頃からよく観察していて、
    ダメなところもあるけど、
    あなただったらできるはず、という言葉をかけてあげなきゃいけない。
    子育てもそうなんだと思う。

    いいからとりあえずやって、ママは忙しいの、早く、
    というのではなく、
    着替えもご飯もお出かけの準備も風呂もトイレも、
    「おまえなら上手にできる!」
    という子供を信じる気持ちからスタートしなきゃいけないな、
    と思った。

    「もう、早くして!」のキッズ翻訳

    • 2008.09.10 Wednesday
    • 13:41
    長男が自分でシャツとパンツを着られるようになった。
    次男をお風呂に入れている間に、
    息子は自分の下着を着る。
    なんて楽なんでしょう!

    自分で着られるようになったのは、もっともっと前だが、
    ママがそばにいると、甘えてくる。
    とくに下が生まれた時。
    「ママ、手伝って」
    こっちはチビのことでてんてこ舞いだから、
    「もう、自分でやってよ」
    と突き放す。

    人間「去れば追う、追えば去る」という法則があり、
    自分でやれといえば、余計に甘えてくる。
    いつまで経っても自分で着ようとしない。
    ついに、
    「もう、早くして!」
    と叱ってしまう。
    すると、もうダメである。

    どうしたら自分で着るかな?
    長男を先に風呂に入れ、ママとチビが入浴。
    着替えを用意して放ったらかす。
    ときどき、
    「ねえ? もうシャツ着たぁ?」
    と声をかける。
    「まだーーぁ」
    しばらくして、
    「ねえー? もうパンツはいたぁ?」
    「まだーーーぁ」
    どうやら素っ裸でテレビを見たりしながら走り回っている様子。

    「お風呂から上がった時、おまえがちゃんとシャツを着てたら、
    ママびっくりだな」
    と声をかけた。
    するとものの10秒もしないうちに風呂場に走ってきて、
    「見てみて!」
    と誇らしげに下着姿の自分を見せた。
    「うっそぉー! もう着ちゃったの!!!」
    と大げさに驚く。
    そのあとのママの派手めのリアクションが重要です。

    「お風呂から上がった時、おまえがちゃんとシャツを着てたら、
    ママびっくりだな」
    というセリフ。結構、効きます。

    もうチビじゃないチビ

    • 2008.09.09 Tuesday
    • 06:11
    去年11月に生まれた次男が、
    今日で10カ月を迎える。
    いま、私の背中でおぶわれて、すかすや寝息を立てて寝ている。
    肩にその重みが、ずっしりと食い込む。
    ブログでは「チビ」と呼んでいたが、
    もうチビではない。

    ちゃぶ台に自分で乗っかれるようになった。
    冷蔵庫が好きで、開けると途端にスタードダッシュ。
    ゴールで冷蔵庫に顔をつっこんでニヤリとする。
    そのスピードは尋常ではない。
    ご飯も3食しっかり食べ、
    下の歯2本、上の歯1本。
    タンバリンを渡すと、楽しそうに叩く。
    音楽をかけると、四つん這いで腰をふりふりして踊る。

    ただの新生児から乳児へ。
    そして、もうすぐおっぱいを卒業して幼児へと呼び名が変わる。
    おまえもずいぶん大きくなったな。
    名前を呼ぶと、まっしぐらに母のところへ駆け寄ってくるもんな。
    自分が自分であることを、わかってるんだね。

    まだ「ママ」とは言わないけれど、
    私がママであることを、よーくわかっている。
    ママという単語が出てきたら、次々にいろんな言葉が飛びだすんだろうな。
    早く、一緒に語り合いたいね。
    上の子のときも、同じように思ったっけ……。
    一緒に語り合おう。

    言葉を使ってコミュニケーションが取れるって、
    なんて素晴らしいことなんだろう。
    それを最近、あたりまえになって、この素晴らしさを
    すっかり忘れていた。

    お返しはめぐる

    • 2008.09.05 Friday
    • 11:08
    妊娠中、ハラが大きくなって、
    歩くのもままならない状態になっても、
    臨月ぎりぎりまで働いていた。

    ときには仕事先の人と飲んで、
    真っ赤な顔をして帰りの電車に乗ったりすると、
    ちょっと恥ずかしくなって、さらに赤面。
    妊婦の飲酒は、かなり恥ずかしい。

    基本、健康体で育ってきた私にとって、
    電車で「座りたい」と思うのは、
    徹夜が続いていたときや、
    仕事でゲンナリしたときなど、
    ちょっと疲れたレベルでのこと。

    でも、妊娠中の電車は、「座りたい♪」どころか
    「座りたい! あーー、もうダメ!!」
    という悲痛な叫びになっていた。
    ハラが重い!

    でも、けっこうみんな妊婦には気がつかない。
    こんなにハラが大きいのに、なぜ!?
    ハラが立つ。
    目の前でメイクしているOLを見ていると、
    「ちょっと、おまえ、ここに座れ」
    と、正座させて説教したくなる。

    その反面、ずいぶん離れたところからわざわざ声を掛けてくれる女性もいる。
    「座りませんか?」
    嬉しいより先に、えっ? いいの? 本当? 
    という驚きのほうが先にきたりする。
    でも、なんといい人なんだろう。
    席をゆずられるって、こんなにも嬉しいことだなんて!
    知らなかった。

    いまでもチビをおんぶしてたりすると、
    「座りませんか?」
    と、親切な方が言ってくださる。
    そんなとき、
    「お言葉に甘えて」
    と遠慮なく座る。

    遠慮なく、
    というのは、遠慮を知っているからこそできること。
    無遠慮な人間には、わからない。
    なぜなら断ったら、とっても失礼だから。
    相手の親切を拒絶することだから。

    子供を産んで、いろんなことを知った。
    だから頂いた親切をお返ししたい。
    だれに返すか?
    それは、別の「どこかにいるだれか」である。
    同じ人には返せない。
    お返しはめぐりめぐる。
    そして、いずれ大きくなってまた自分に返ってくる。
    そしたら、さらに大きく育てて、だれかにお返ししようと思う。

    ついにいってきました!

    • 2008.09.02 Tuesday
    • 11:49
    080831_ヴィラディスト.jpg

    ここが玉村豊男さんのヴィラデスト。
    ついに行ってきました♪
    長野の上田にあります。

    ここのワイナーで作られたワインは、
    なんと、今年の洞爺湖サミットで各国の首脳へふるまう、
    日本を代表するワインにも選ばれました。
    すごいです。

    野菜がうまい。
    もちろんすべて玉村さんの農園の野菜です。
    いいな、いいな。
    自分で作った野菜を料理して食べる。
    いいな、いいな。

    なんだか、幸せな1日を過ごしてきました。

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